灰皿にはいくつかの吸い殻が積み重なっていた。思索にふけった彼はその一本をじっと見つめ、まるで火の色の揺らぎに、過去の記憶が投影されているかのように、静かに回顧していた。
「平和だと? 世界がアニメで救われるだと?馬鹿な……」
彼は、声に出して吐き捨てるように呟いた。
肺がん男は、黄ばんだ指先でワシントン・ポスト紙の見出しをなぞった。
「アニメの力で『平和』や『友情』を築く日本の若者がオタク文化を世界に発信」
そのすぐ横に載った、笑顔でピースサインをしている制服姿のアニメ少女のイラストが紙面を飾っていた。
その声音には、あきれと嘲り、そしてわずかな哀しみが滲んでいた。
パリ、バンコク、リオ、ウクライナ、モスクワ……。“クランチロール・ディプロマシー”とでも言うべき現象が拡がりつつある。
アニメを愛する者同士は国境を越えてつながれると、若者たちは本気で信じているようだ。
とくに、ウクライナとロシアの戦争が始まって以降、SNS上では「推しキャラで世界がひとつになれる」といったスローガンすら散見された。
彼は、鼻で笑った。“文化の武器”など何十年も前に使い古された甘っちょろい幻想に過ぎない。
日本がアニメで世界に“日本の影響力”を行使したいと願えば願うほど、逆にアニメは国際的な情報戦の“的”になる。
それを日本の若者たちはわかっていない――そう、ワシントン・ポスト紙の記者でさえも。
彼は新聞をめくり、二面に載った“アニメが橋渡しになる”という見出しを無言で眺めた。その下にある写真には、東京で開催された「国際アニメ平和フェスティバル」の様子が映っていた。各国の若者たちが『ラブ&ピース!』『アニメは世界共通語!』というプラカードを掲げている。
肺がん男の口元が、ゆっくりと歪む。
「そんな簡単な話じゃない。アニメなんて、ただのエンターテインメントに過ぎないのだ……。そして同時に――使いようによっては“洗脳装置”にもなる。」
彼は椅子の背にもたれ、しばし目を閉じた。
新聞では、笑顔のアニメ少女が、まるで全世界に愛を振りまくように、指でハートマークを描いている。だが肺がん男には、その笑顔の向こうに、無数のプロパガンダが重なって見えていた。
肺がん男は一服した煙をゆっくりと吐き出しながら、記事を読む。その視線は、まるで自分の考えと正反対のものを見つめるかのように冷たく、鋭かった。
肺がん男はチェチェン共和国のカディロフ首長が日本の制裁を嘲笑ったことを思い出した。カディロフは、日本がロシアに対して経済制裁を課した後の国際的な緊張の中で、冗談交じりに皮肉を込めてこう言ったのだ。
金融活動への従事が禁止されるだけでなく、これからアニメや桜の鑑賞も禁止されることになりそうだ。
忍者にでもなってこっそりやろうかと思ったが、おい、今は忍者にもなれないじゃないか
今その言葉を思い出すと、彼はむしろその皮肉がだんだんと現実味を帯びてきたように感じていた。
「まったく、アニメがどれだけ日本文化を代表しているかという錯覚が、世界を回す力だと思っている連中がいる。だが、そんなものが本当に『力』になり得るのか?」
彼は煙草を灰皿に押し付けながら、ふと思った。
あのカディロフの言葉は皮肉のつもりだったが、今となっては、彼はその冗談に含まれた深い意味に気づき始めていた。アニメはもはやただのエンターテインメントではなく、日本という国の象徴であり、政治的な道具として利用されている。そして、それを利用する者たちが、国際政治における影響力を持つことを彼は恐れていた。
「日本のアニメが世界に与える影響力…。まさに、文化を使った操縦に他ならない。」
肺がん男はため息をつきながら、また煙草に火をつけた。
その時、ふと疑問が浮かぶ。日本人たちは、このようなアニメの力を知っているのだろうか?アメリカが戦争中にディズニーを使ってプロパガンダを行ったように、彼らもまた、アニメを政治的に利用されることを許しているのだろうか?
「世界を平和にするだなんて、笑わせる。アニメがそんな力を持つなんて思っているのは、結局、何も知らない思い上がった日本人の若者たちだけだ。」
彼はそう言って再び煙を吐き出した。
あの指導者の皮肉が、今や彼にとっては真実のように響き、彼自身の過去の仕事やアメリカ政府がどれほど日本の文化に影響を与えてきたかを改めて考えさせられるのだった。
戦争中のことを思い出す。ディズニー、あの有名なアメリカのアニメ制作会社が、戦時中に日本に対して行った風刺とプロパガンダ。
アメリカ政府が国威を高めるため、ディズニーに指示を出して日本を侮辱するアニメを作らせたのだ。
ヒットラーの顔をした日本兵、野蛮で未開の東洋人としての日本人…。
極端な誇張で描かれた日本人を見せられた当時のアメリカ国民は日本国、日本人を敵視した。彼はその背後にあるアメリカ政府の計算を見抜いていた。
彼自身、当時のアニメ作品を見て、何とも言えぬ憤りを感じていた。
あの頃、アメリカ合衆国政府はアニメの力を利用して、まさに戦争の道具としてアニメを使っていた。日本を敵として描くことで、アメリカの人々に『日本人は悪』というイメージを植え付けようとしたのだ。
「日本人を愚弄するアニメの力はすごかった。『野蛮で危険な日本』というイメージを、ディズニーのアニメが無意識にでも植え付けた。その結果、アメリカの市民が日本を敵視し、戦争への支持を強めた」
肺がん男は冷ややかな目で、再びワシントン・ポストに目を向ける。彼はそのとき、ディズニーのプロパガンダ・アニメがどれほど悪辣だったかをよく理解していた。
「アニメという媒体を使って、国家間の憎悪を煽る。アメリカはそれを非常に巧妙にやったんだ。ディズニーを使うことで、民間人の心にも戦争を正当化する種をまいた。アニメはただの子供向けの娯楽ではないのだ。それが、どういう時代であっても、時の政府によって国威発揚のためのツールとして使われることを忘れちゃいけない」
肺がん男はじっと思いを巡らせた。ディズニーが戦時中に作り出したアニメがどれほど強力で、アメリカ人の心に影響を与えたのかを知っていた。
彼らのキャラクターや物語が持つ力は、単なる物語の枠を超えて、社会全体の価値観や国家の姿勢にまで浸透した。
彼は手にしたワシントン・ポストを見つめる。そのアニメキャラクターたちが持つ力、影響力が、時には政府の思惑を加速させ、戦争のための道具に変わることを知っている。その歴史的な背景を、今でも冷徹に感じ取っていた。
「アニメの力を使うことで、戦争の正当化ができ、敵を非人間的に描くことで国民の心をひとつにできる。だからこそ、あの頃のディズニーやアメリカのプロパガンダが今もなお影響を持ち続けているんだ」
肺がん男はワシントン・ポストを手に取ったまま、ディズニーをはじめとするアニメが抱えていた、単なるエンタメを超えた政治的な意味合い。それを利用したアメリカ政府の工作とその成功を、彼は冷徹に分析していた。
「若い日本人たちがアニメを信じ続ける限り、その幻想は維持されるだろう。アニメの力が本当に世界を平和に変えると考える連中には、現実を見ろと言いたくなる」
肺がん男はもう一度煙草に火をつけ、ゆっくりと吸い込んだ。その煙が、静かな部屋の中でふわりと漂い、過去と現実の狭間にある虚無感を一層深めるようだった。
「私自身、アニメを利用して、人心を掌握してきたのだから」
・
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肺がん男は、インターネット掲示板『4chan』の日本アニメファンのスレッドを覗いていた。彼は、インターネット上の掲示板やフォーラムで、挑発的な投稿をすることがしばしばあった。
自分の信念に基づいて、日本人が持つ文化的な誤解や、アニメを世界を平和に導く手段だと信じる無知さを批判することが目的だ。
その投稿は時には過激で挑発的だが、基本的には自分の持つ「警鐘」を鳴らすための手段として使っていた。
肺がん男は、熱い議論が交わされているスレッドを読み進めるうち、ついに煽りを入れた。
ハンドルネーム”The Cynical Observer”(冷徹な観察者):肺がん男
ああ、やっぱりか。君たち、「日本のアニメ文化が世界平和の架け橋になる」だの、そんな言葉を出しているのか。
いい加減に現実を見ろ。君たちが持ち上げる日本アニメはただのエンターテインメントだ。
政治的な力を持ったものでもないし、ましてや「文化的影響」だなんて大げさなものでもない。君たちが言う「萌え」だの「OTAKU」だのは、結局ただの消費文化に過ぎないんだよ。
君たちは、ジブリアニメが持つ「美学」だとか博愛主義的メッセージに感動するかもしれないが、それは結局のところ、商業主義の一部でしかない。
さらに「萌え」や「美少女」を求めているのは、まさに無意識に影響を受けている証拠だ。アニメの中で描かれる可愛らしいキャラクターたちは、君たちの欲望を満たすために作られた存在であり、ポルノ女優を消費するのと同じさ。麻薬と同じと言ってもいい。
君たちは、無自覚に自国の商業的利益に踊らされているだけだ。その「OTAKU文化」だのが、実際に世界に与える影響なんて、たかが知れてるよ。
アニメを通じて心が温まるだろうが、現実世界は冷徹で、君たちの求める「平和」や「理想的な世界」はアニメの中だけにしか存在しないんだよ。
アニメを見終われば、さっさと「くそつまらん現実」に戻らざるを得ないんだ。明日もさっさと学校や会社に行け、この馬鹿ども。
彼自身、その過去は、あまり表には出していないが、彼の業務の一環として重要な役割を果たしていた。
それは、アメリカ政府の意向をアニメやメディアに反映させるという、まさに陰謀論的な仕事である。
ハンドルネーム”ちいかわ相撲”:(スレ主)
日本のアニメがそんなに悪いか?現実逃避だってええやろ。アニメを見て癒されることや平和を主張することに何か問題あるんか?
以下、延々とやりとりが続く。
ハンドルネーム”The Cynical Observer”(冷徹な観察者):肺がん男
ああ、現実逃避さ。息苦しくて生きにくい不寛容な日本社会で君たちがそうやってアニメに逃げ込むのも理解できる。でもそれが社会を変えるわけじゃない。
アニメが「癒し」だとか「心の支え」だとか、君たちが抱く感情がどうだろうと、それが現実を動かしてるわけでもない。
アニメが本当に世界を変えると思ってるのか?それはただの空想だ。君たちの世界には、もっと重要な問題が山積しているんだよ。
心を癒す?アニメが心を癒す?君たち、どこかで道を間違えてるぞ。アニメが「癒し」だって?
それなら、戦争で家族を失った人々にはどう答えるんだ?ウクライナ、パレスチナ。北朝鮮の貧困に苦しんでいる人々にはどうする?
アニメが持っているのはただの「幻想」の力だよ。幻想の力を信じて、現実を変えることができると思うのは、ちょっと馬鹿げてるんじゃないか?
アニメの力を無自覚に利用されるのが、どれほど危険か君たちには理解できていないだろう。
肺がん男は書き込みながら、心の中で過去を振り返った。
シンプソンズを見てみろ。あれだって、政府の意向を巧妙に取り入れて、サブリミナル的にメッセージを送ってるんだよ。あの時の俺がいなければ、アメリカ国民にあんな風に笑いながら、陰謀や腐敗、社会の不安定さを『気づかせる』ことはできなかっただろうな。肺がん男は心の中で思った。
肺がん男は他のユーザーが反論する前に、さらに続ける。
ハンドルネーム”The Cynical Observer”(冷徹な観察者):肺がん男
アニメやアメリカのテレビ番組に潜んでいるメッセージには、原作者以外の誰かが意図的に埋め込んだものがあるんだ。
知らず知らずのうちに、視聴者はそれを受け入れて、次第に無意識のうちに同化していく。
君たちが言う『萌え』も、単なるサブカルやエンターテイメントじゃない。背後には誰かが仕掛けた計画があるのだ。
肺がん男は、過去の成功に満足していた。『シンプソンズ』の裏で、アメリカ政府の思惑を巧妙に描き込んだことを誇りに思っていた。その陰謀論的な要素が、視聴者にさりげなく影響を与えていたと自負していた。
まあ、君たちがそれに気づくのは、きっとまだ先のことだろうな。日本人の夢想家どもは、世界がアニメで浄化されるなんて信じている限りは。だが現実はどうだ? 人々が感情を動かされるのは物語やキャラクターだけじゃない。理性も、欲望も、もっと深いところに根ざしている。
彼は一度立ち上がり、部屋を歩き回った。アニメの影響力を過大評価する日本の文化に対して、彼は心底冷笑していた。若者たちは確かにアニメを通じて平和や友情を語るが、その本質は非常に危ういものだと彼は感じていた。
「彼らはアニメを“解決策”と勘違いしている。まるで、アニメの中で争いが解決されるから、現実でもそうだと思い込んでいる。だが、現実の問題はもっと複雑だ。現実にはアニメのようにうまく物事が進むわけがない。文化を作り上げるのは、アニメのキャラクターたちじゃなくて、人間だ」
彼は再びワシントン・ポストを手に取り、今度はそこに書かれたアニメキャラクターが「友情」をテーマにしたエピソードを読んだ。キャラクターたちが危機に立ち向かい、最後には強い絆で結ばれる──そういった展開に、彼は一層の嫌悪感を覚えた。
「友情だと? 無駄だ。実際には人々は自己中心的で、利害で動く。信じられないほど多くの人間が、自分の欲望を満たすために動いている。そんな中で友情なんて幻想だ。アニメに出てくるような美しい結末など、現実には存在しない」
肺がん男は再び煙草に火をつけ、静かに吸い込んだ。彼が思うに、日本人が抱いている「アニメによる世界平和」という幻想は、単なる夢物語に過ぎなかった。それに便乗して、彼自身もまたアメリカ政府の利益にかなうように、アニメという文化を操り、影響を与える立場にいた。
「いや、私は違う。私がやってきたのは、アニメという“道具”を使って、真実を隠し、必要なことを隠蔽するための“操作”だ。だが、あいつらはそれを真面目に信じている。バカげてる」
アニメの世界に浸っている日本人の若者たち。彼はその幻想を維持させることが、いかにアメリカにとって都合が良いかを理解していた。しかしその一方で、アニメが人々に与える影響を軽視し、安易に「平和」の象徴として扱う日本の姿勢には、心底からの侮蔑を感じていた。
「この“平和”の虚構を、少しでも長く維持できれば、俺たちの仕事は楽になる」
肺がん男は冷笑を浮かべ、また煙草を口にした。その思考は冷徹で、計算されていた。
「日本……あの国は、ずっと”扱いやすいが、放っておけば厄介になる”存在だ」
かつて、彼は日本国内に対して複数の文化・経済工作に携わっていた。
たとえば──
・1970年代初頭。
経済の台頭を抑えるべく、米国と協調するフリをして日本の輸出企業に密かに圧力をかける。「円高誘導」という名の経済報復を導いた一端に、彼はいた。政治家との密談、米国製兵器の購入を条件にした貿易合意の裏交渉。すべて「同盟」の名のもとに行われた。
・1980年代。
日本のメディアと教育界に、静かに“価値観”の刷り込みを実施。反核、平和、そして「自己批判的な国家観」を広めさせるため、特定の評論家や学者に助成金を通じて“啓蒙”を進めさせた。CIAルートの自民党への資金提供。表には一切出ない。
「当時、彼らは気づかなかった。自国の若者たちが、知らぬ間に『アメリカと共にあることこそが正義』と刷り込まれていく構図にな」
・1990年代。
オウム事件の混乱期、宗教とテクノロジーの交差点に着目し、ある種のセクトや新興宗教の通信記録を極秘裏に収集。マイクロチップの輸出制限や、人工衛星データの監視を通じて、日本の情報インフラを“安心の名のもとに”アメリカへ依存させた。
・そして近年。
ポップカルチャーの影響力が逆流し始めたことに警戒。アニメ、ゲーム、そして”日本的精神”の拡散が予想外の効果を持ち始めていた。
「かわいい」は武器になる。だから彼らは、“バカバカしさ”を増幅させることで、日本カルチャーの「真の意味」を薄めていく作戦に出た。
「アイドル、萌え、異世界転生。笑いの裏にある”精神性”を失わせ、ただの娯楽に変えていく。そういう工作も、やったさ。要は“牙を抜く”ことだ」
肺がん男は、日本人の若者に対して特に憎しみを抱いているわけではなかった。しかし、彼の考え方には、ある種の冷徹で批判的な視点がある。
彼は、日本人の若者たちが持つ文化や価値観に対して疑念を抱いていることが多く、それが彼の行動や言動につながっている。
特に、肺がん男は“政府・権威筋の発する公式情報を過剰に信じ込む傾向にある日本人”を哀れな羊であると嘲笑しつつも、一方では批判的に見ており、複雑な感情を持っている。
そして、日本の若者たちがアニメという文化的アイコンに過剰に依存し、それが彼らの視野を狭めていると考えている。
肺がん男は最後の一服を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「だが、それでも日本はしぶとい。決して侮ってはならん。あの小さな島国は、何かを宿している。何かを信じていれば、時にとんでもない力を出す。芽は潰すに限る」
彼の表情は、わずかに険しくなった。
遠くに見える星条旗が風に揺れる。肺がん男は、灰を落としながらつぶやいた。
「FBIもCIAも、NSAも──まだ見ているのは“現実”の半分だけだ。問題は……残りの半分だ」
肺がん男は、キーボードを打ちながら、少し得意げにニヤリと笑った。彼の顔には、陰謀の種を撒く者だけが知る満足げな表情が浮かんでいた。画面に映る文字を見つめながら、彼は続けた。
ハンドルネーム”The Cynical Observer”(冷徹な観察者):肺がん男
国民的アニメなんて言葉の響きだけはいいものさ。家族で観て、世代を超えて語られて、正義のアンパンチが悪をのめし、そんなものが日曜の夕飯時や家族での団らん時に、テレビで当たり前のように流れる……まるで国家の風景の一部だ。
だがな、実際のところ、あれこそが政府によるプロパガンダそのものだ。
我々が意図的に影響を与えることで、視聴者に無意識のうちに特定の価値観や思想を刷り込むんだよ。
このように就職して家庭を持ち、子どもを産み、大人は仕事、子どもは学校に行き、税金を納めて暮らしなさい、とね。
彼は少し休んでから、さらに続ける。
ハンドルネーム”The Cynical Observer”(冷徹な観察者):肺がん男
「国民的アニメ」って、いい響きだよな。
アメリカでは「シンプソンズ」がそうだ。あれも皮肉たっぷりに見えて、実のところ社会のフレームワークを壊すことはしない。社会や政治を皮肉ることで庶民のガス抜きをさせて、保守的な枠に収めてしまう。
君たち日本人の「国民的アニメ」といえば、サザエさん、ドラえもん、ちびまる子ちゃん……だろう? どれも家族や隣人、学校や地域社会という“政府が推奨する理想的な共同体(コミニュティ)”を描いている。
まるで昭和の香りがする“型”に子どもたちを押し込めて、「こう生きるのが当たり前」と刷り込んでいく。そこには何の疑問も持たせない。そうして次の世代も同じ価値観を抱えたまま、また“サザエさん”を日曜の夕方に見ることになる。面白いだろう?
そうそう。君たち日本人が心の拠りどころにしている“ドラえもん”が、アメリカではどんな姿にされてるか、知ってるかい?
書き込む彼の指は、まるでチェスの駒を運ぶように、正確にキーを打った。手を止めて、ふっと笑みを漏らす。
しばらくして、スレッドの下にいくつかのレスが現れる。
【moegunBoys69】:なに?まさかドラえもんがロボコップみたいに銃装備とか?のび太のママが金髪巨乳化とか?(笑)
【dango_squad】:ジジイの陰謀論?今度はドラえもんかよw
肺がん男は、ニヤリと笑った。そして再び静かに、キーボードに手を置き、《4chan》のスレッドへ滑るように書き込んだ。次の一手を投下する。
ハンドルネーム”The Cynical Observer”(冷徹な観察者):肺がん男
「どら焼きがピザに差し替えられ、一家の食事シーンでは箸がスプーンに置き換えられている。
理由?簡単さ。“文化的に理解しづらい”という建前のもとで、“アメリカ人の価値観”に最適化されてるだけのことだ」
沈黙ののちの反応。
【mechaRider21】:……ガチでどら焼きがピザになってる映像見つけたわ……。
【kawaiiJusticeFighter】:うわ、ホントだ……これもう“アメリカ製ドラえもん”じゃん。
【moegunBoys69】:マジでスプーン持ってるしwwwwwwなんで箸ダメなんだよ!
肺がん男は、ゆっくりと煙草をくゆらせた。
ハンドルネーム”The Cynical Observer”(冷徹な観察者):肺がん男
ちなみに、君たちが無垢な少女と信じてる“しずかちゃん”――あの子は、アメリカ版では「お人形」なんて持たないぜ。
「それから、のび太くんが握ってる千円札。あれ、ドル紙幣に変わってるって知ってたかい?ククク……。君たちのアニメは単に日本語から英語に“翻訳”されたんじゃない。“再設計”されたんだよ。お行儀よく、ポリコレ的に、“輸出仕様”にね」
タイピングの音が、夜の静寂をカチカチと軽やかに刻む。
反応はすぐにやってきた。
【moegunBoys69】:嘘やろ……しずかちゃんって言えば、お人形集めやろが。ポリコレ、ウゼ〜
【dango_squad】:うわ、ドル紙幣ほんまやん……こんなん子供に違和感バレへんわけないやろ……
【kawaiiJusticeFighter】:ねえ、マジで、俺らのアニメ、アメリカでこんな扱いされてんの?
肺がん男は、ニヤリと片方の口角を持ち上げ、またひとつ書き込む。
ハンドルネーム”The Cynical Observer”(冷徹な観察者):肺がん男
悪意に取らないでくれよ。
国家というものが、「家族の絆」「庶民の笑い」「子どもたちの夢」という甘いパッケージで、人々の精神を管理する。それが“国民的アニメ”の正体だよ。
アニメは“違う文化が伝わるのを助ける道具”なんかじゃないってことさ。文化そのものを“塗り直す”。それが“翻訳”と呼ばれるアートの裏にある、もう一つの仕事だ。
いいかい、日本の若者たち。君たちのドラえもんが、“どら焼きではなくピザを食うようになった”のは誰かの都合ってことさ。
『国民的』なんて、結局、国家による価値観の押し付け、プロパガンダに過ぎない。アニメは、面白いだけじゃない。宣伝媒体なんだ。その中に込められた意図を理解してこそ、真のメッセージが見えてくるんだ。
アニメに育てられ、アニメに守られ、アニメに囲まれて生きてきた島国・日本の子羊たちよ……その『物語』が“誰によって”語られているかすら気づけないのか?
その言葉を打ち終えると、彼はゆっくりと煙草に火をつけ、ぼんやりと画面を眺めた。
その目は、時代と文化が塗り替えられていく様を、何十年も見てきた者の目だった。
彼は再びニヤリと笑う。
「政府の思惑は巧妙だ。だからこそ、君たちのような若者が無邪気に楽しんでいるそのアニメが、実は最も危険で洗脳的なメディアである可能性があるんだ。」
肺がん男は、再び挑発的に日本のアニメや平和への影響力を否定し、幻想ではなく現実を直視するように呼びかける。レスがコンピューターのスクリーンに映し出された瞬間、肺がん男は満足げに深く息を吐き、椅子に背中を預けた。
しかし、彼の言葉は依然として4chanの若者たちにとって、反発を招くだけのものであり、いまだ彼に同意する人間は現れない。
肺がん男は、日本のアニメファンらしきユーザーらによる自分に対する反論の書き込みをじっと目で追っていた。
「もういいよ。アメリカ版ドラえもんがピザを食ってるのは事実だった。だが、それがなんだっていうんだ?あんたみたいのを老害って言うんだ。さらに陰謀論者だよ。Netflixの『陰謀論のオシゴト』(原題: Inside Job)とかマジで信じてんの?頭イカれてるぜ!」
その直後にも、日本人が続けざまに勢い任せにタイピングしたらしきメッセージが投稿される。
「時代遅れの中二病妄想全開おじさん乙」
「お前、みんなに煙たがられてるよ。いまどきタバコとか吸ってんじゃね?」
「ちびまる子ちゃんに国家の陰謀とか言い出すとか、まじで老害だな」
「そもそも日本のアニメより、アメリカの『X-FILES』とかゆう昔のドラマが一番陰謀論くさいよねww頭にアルミホイル巻いとけとか出てきて草。巻けば?w」
それを見た肺がん男は、ふっ……と鼻で笑った。
「老害(old fart)ね……ふむ、ありがたい称号だ。つまり、日本の若いアニメオタクは真っ向から反論できなくなると、最終的には人格攻撃に逃げるということか」
画面に映るスレッドの進行を見つめながら、彼はコーヒーに口をつけた。どこかで、誰かひとりでも、この言葉にひっかかりを覚えたのなら──それで十分だった。
彼はタバコの煙をくゆらせながら、画面を見下ろした。コメント欄がどれだけ自分に批判的で騒がしかろうと、彼の顔に焦りの色はまったくない。
わからなくてもいい。だが君たちは、気づかぬうちに教育されている。国民的アニメにね。
むしろ、その余裕ある失笑には、年輪と共に培われた皮肉と冷笑の深みがにじんでいた。
私は現実を見ている。アニメは文化だが、同時に武器にもなる。だが使い方を誤れば、ただの麻薬だ。夢を見せるだけで、何も変えない。
4chanのアニメ板でも“老害”のシニカルな書き込みが話題になってきた頃――“老害”に対し、あるレスが静かに投げられた。
Anon_JP98:「……あなた、お仕事なにをされてるかわからないけれど、本当は日本のアニメ、嫌いじゃないんでしょう?でも“好き”って言えない理由があるだけじゃないの?そういうの、日本のアニメ文化では“ツンデレ”って言うんだよね」
画面を眺めながら、肺がん男――”The Cynical Observer”はしばらく指を止めていた。
それは「図星」だった。
彼はかつて、CIA主導の文化心理戦プロジェクトの中で、日本のアニメーションを徹底的に視聴・分析する任務に従事していた。そこでは「アニメというメディアが、どれほど多くの人間の価値観形成に寄与するか」をデータとして見せつけられた。
その中で、彼は気づいてしまったのだ――
時にアニメが、純粋に人の心を救うことがあるということに。
『火垂るの墓』で泣いた。
『となりのトトロ』で心が震えた。
『AKIRA』を観た夜は、眠れなかった。
だが、アメリカ政府職員として働く彼の立場ではそれを“認める”わけにはいかなかった。
アメリカ政府のエージェントとして、日本文化の台頭を監視し、制御する側の人間だったからだ。
キーボードの上に指を置いたまま、肺がん男は、微かに笑った。ほんの少し、目元を緩めて。
そして画面にこう綴った。
“The Cynical Observer”(冷徹な観察者):肺がん男
「……くだらん。私がアニメなんぞに、心を動かされることなど、あるわけがない。しかも、ツンデレなどとは…言いがかりだ」
だがその言葉は、どこかに「言い訳」のような響きを含んでいた。
彼自身に対する、なぐさめのような――。
スレッドでは誰も彼を追及せず、相変わらず人格否定の罵詈雑言が続いた。
ただ一人、Anon_JP98だけが、こう呟いた。
Anon_JP98:「だったら、なぜ毎晩ここに来るんですか?」
肺がん男は何も答えなかった。ただ、次のスレッドに切り替わるのを、無言で見つめていた。
肺がん男は、その問いを見て、一瞬だけ指を止めた。
Anon_JP98:「ひょっとして、あなたはアメリカのアニメーターか漫画家ですか?」
どこか優しさを含んだような問いだった。これまで浴びせられてきた「老害」「陰謀厨」「頭にアルミホイル巻けや」といった罵声とはまるで違う、静かで、真っすぐな問いかけ。
画面の前で煙草に火をつけた彼は、モニターの輝きの中、煙を吐き出しながら微かに笑う。
“The Cynical Observer”(冷徹な観察者):肺がん男:
「…残念ながら、君が思っているような夢のある“物語”は書いたことがない。だけど、“書かされた”ことならあるよ。何編も、何通りもね…」
言葉の奥に、重さがあった。
彼の書いたものは、物語ではなかった。報告書、ブリーフィング、隠されたプロパガンダのスクリプト、映画やテレビアニメ脚本への“添削案”――すべてアメリカ政府からの“影のオーダー”だった。
政府が「このように描け」と言ったオーダーを彼は数多くのアーティスト、クリエイターたちに伝え、そうさせた。
“The Cynical Observer”(冷徹な観察者):肺がん男:
「誰かに読まれるためじゃない。君たちが“信じてしまう”ための文章なら、確かに書いたし、それを20年も30年もやっていれば、“作家”と呼ばれることもあるのかもな」
しばらくスレッドには投稿がなかった。
だが、そのあとにAnon_SatoMoeというアカウントが、こう静かに返した。
Anon_SatoMoe:「あなた、本当は物語を書きたかったんじゃないんですか?」
肺がん男はそのレスを見つめ、また長い沈黙のあと、ただ一行だけ返した。
“The Cynical Observer”(冷徹な観察者):肺がん男:「……ああ、それはたぶん、正しい」
肺がん男の部屋の片隅に、今では滅多に使わなくなった古いVHSプレイヤーがある。
埃の積もったその棚には、アメリカ駐在の日本大使館に送り届けられていた海外向けVHS版の『宇宙戦艦ヤマト』『未来少年コナン』が並んでいた。
どれも、若い工作員だった頃の彼が、任務の合間に“敵性文化”として監視していた資料だった。
ヤマトが地球を救うため、誰も帰れないかもしれない航海に出る――それは、まさに若き日の自分の姿だった。
イスカンダル。放射能。地球の滅亡――
それらすべてが、現実の核戦略と交差していた。
当時、国務省の一室で、その設定に“軍事的メタファー”を探そうと躍起になった同僚がいたが、彼だけは黙っていた。
ヤマトが発進するシーン――あの無言の決意が、今でも彼の心に焼き付いている。
だが、それはいつしか、ただの資料ではなくなっていた。
だが今、モニター越しに日本の若者が語る「アニメで世界平和を」などという幻想に、彼は静かに冷笑を浮かべる。
「あれらは理想を語っていたんじゃない。理想を信じきれなかった人間の、最後の抵抗だったんだよ」
肺がん男は、今や誰も使わなくなったアナログのVHSプレイヤーに、年季の入った『未来少年コナン』のテープを差し込んでいた。日本のNHKで1978年に放映された古いアニメ作品だ。画質の荒れた映像の中で、コナンとラナが追われる。あの女――モンスリーの冷たい瞳が、ふと彼の記憶と重なった。
“コナン”に影響されて、“レプカ”というあだ名で呼んだ野心家の政治家が何人かいたし、自分の命令に反発ばかりする男勝りのFBI女性捜査官は“モンスリー”と呼んでいたのだ。……もちろん、奴らにその意味は伝えていないがね」
彼は薄く笑った。
「正義だの、人類愛だの……おとぎ話じゃないか」
彼は椅子にもたれ、画面に映るモンスリーの厳しい表情に目を細めた。ほんの一瞬、その目に、遠い昔の仲間たちの幻がよぎる。だが、それを打ち消すように煙草に火をつける。
「アニメが人を変える?人の心を救う?いいや。“つもり”になるだけだ。変えられん、なにも…な。」
自嘲気味に吐いた煙が、空に昇って消えていく。
冷笑と逡巡、冷酷な現実主義者でありながら、ふとした瞬間に浮かぶ「救われた記憶」――男は葛藤を晴らすことはできない。
時刻を見る。もう朝の4時近い。薄暗い部屋の隅。カーテンも開けずに差し込む街灯の明かりだけが、テーブルの端をぼんやり照らしている。
彼は、遠い眼で画面を見つめる。『コナン』の再生が終わっていた。そこにはもう、物語はない。
ただ、モニターのわずかな音が、部屋に静かに響いていた。
肺がん男は思い切り煙を吐き出し、背もたれに体を預けた。煙草を指で押しつけると、空気の中に漂う煙が、やがて完全に消えていった。
・
・
・
おわり