ローンガンマンの秘密のアジト。薄暗い蛍光灯の下、旧式のPCとモニターが壁一面に並ぶその空間に、妙に明るい笑い声が響いていた。
「ぶはっ、あっはははははっ!」
あのローン・ガンメン――ラングリー、フロヒキー、バイヤーズの三人が、秘密のアジトで自由気ままに食事しながらモルダーとスカリーをネタにして盛り上がっている様子だ。
当然、秘密のアジトにも、政府の陰謀、――そして笑い声!?
機材の山に囲まれたローン・ガンメンの秘密のアジト。PCのファン音、モニターの明かり、時折流れる短波無線の雑音――。そんな中、テーブルには怪しげな中華ヌードルのデリバリーパック、コーラ、そして宅配ピザが並んでいた。
「俺の予言通り、モルダーはまたしても“顔のない人間”事件に食いついたな」
フロヒキーが中華ヌードルにネギを追加しながらニヤリと笑った。
「フロヒキー、お前の“予言”、FBIがモルダーを陰謀にハメるたびに外れてるだろ」
ラングリーがPCでスカリーのニュース映像を再生しながら皮肉を飛ばす。
「でも、スカリーは今週だけで3回も“それは科学的にありえません”って言ったよ。これはつまり……逆に“信じ始めている”ってことじゃないのかな」
バイヤーズは真面目に眼鏡を押さえながら言った。
「なあ、マジでモルダーとスカリーって、付き合ってると思うか?」
フロヒキーが不意に言った。口に含んだピザのチーズが、あごに垂れかけていた。
「おいおい、スカリーにそんな失礼なこと言うなよ。彼女はFBI随一の理知的な女性捜査官だよ」
バイヤーズがやや真剣な声でたしなめる。
「だからこそさ。あんな理知的な美女が、モルダーのアホみたいな陰謀論に毎日付き合ってんだぞ? 科学じゃ説明がつかねえだろ?」
一同、笑い転げた。
ランゲリーはカップに注いだコーラを掲げた。
「じゃ、乾杯といこうか。“政府は何かを隠している”に!」
「“俺たちがそれを暴く”…乾杯!」
「ついでに“モルダーの恋路にも陰謀が潜んでいる”にチェリオだ!」
キーボードを打つ指が止まり、笑い声が地下室にこだました。外は冷たい風が吹いていたが、この部屋の中だけはいつものように、くだらなくも確かな友情と好奇心で満ちていた。
フロヒキーが椅子からずり落ちそうになりながら、腹を抱えて笑っている。
レンズの奥の目が涙目で潤み、顔はすっかりくしゃくしゃだ。
すでに何度も話したネタのはずなのに、どうしてもツボから抜け出せないものがもう一つある。
「でもさ、お前ら、想像してみろよ? スーツ姿のスキナーが腕をふりながら『もきゅもきゅ♪』って踊るんだぜ……ガハハ!」
バイヤーズが呆れ顔でコーヒーをすする。
「それ三日連続で言ってるな……」
「永久保存版だ、これ」
ラングリーがニヤリと笑ってPCで動画を再生する。
「ほら、これこれ。匿名でリークされた動画がGIF化され、世界中のXユーザーがポストに使用しているぜ。海外のミームまとめにも転載されてるぞ。“Dancing Bald Director”ってタイトルで」
フロヒキーがまたも噴き出す。
「ひーっ、やばい、腹いてぇ……! ああもう、スキナーの奴が『これも福利厚生の一環だ』とか言いながら真顔でもきゅるとか……最高だ!がーはっはっ!」
そこへ、カタン、と扉の音。
三人はすぐに警戒する。とは言っても、ここの秘密の出入り口を知っているのは、野良猫と「あの二人」くらいしかいない。
モルダーが無表情で立っていた。手にはスーパーの紙袋。
「よう、モルダー。入れよ」
フロヒキーが手招きした。
「差し入れだ。スイスチーズたっぷりチーズサンドとコーラ。あと、スカリーが最近ハマってるっていうオーガニックのグラノーラバーもな」
モルダーは誇らしげに紙袋からホイルに包まれたサンドイッチを取り出した。フロヒキーは一瞬、陰謀の臭いを感じ取ったが、チーズの香りに抗えず口を開いた。
「モルダー、お前さんが来ると話題が濃くなるから歓迎だぜ」
フロヒキーはそう言うと、天井を仰ぎ、ふたたび爆笑した。
「……もしかしてお前さんも踊ったのか? もきゅもきゅ体操」
バイヤーズは苦笑いしながらサンドイッチを受け取ると、言った。
「ダンスは上達したのかい?モルダー」
モルダーは黙ってサンドイッチを置き、目を細めた。
「……言うなよ。記憶から消してくれ」
「それは無理だ。俺たちは真実を追い求めるからな」
「いや、これに関しては嘘であってほしい」
ローンガンマンのアジトにまた、笑い声が弾けた。
外では冷たい風が吹いていたが、中ではくだらない冗談が、世界の闇よりずっとあたたかく鳴り響いていた。
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ワシントンD.C.郊外、スカリーの自宅。
夜の静けさが部屋を包む中、ダナ・スカリーはキッチンカウンターに布を広げ、その上にスミス&ウェッソンのオートマチック・ピストルを分解して並べていた。
照明の光が、オイルの薄く光るスライドを反射してかすかに揺れる。
彼女は綿棒でスライドのレールにこびりついた黒ずみを丁寧に拭き取り、バレルに光を透かして点検していた。ラジオもテレビもつけず、ただ彼女の呼吸音と、金属を磨くかすかな布の音だけが響く。
静謐という名のルーチン。この時間だけは、FBIも、陰謀も、モルダーの突拍子もない理論も遠ざけることができた。
そんな時だった。
――ブルブルブル。
テーブルの上のスマートフォンが震える。着信画面には「モルダー」の文字。
スカリーは小さくため息をついた。
「……このタイミングでしょ」
電話を取る。
「スカリーよ。どうしたの、モルダー?」
「やあ。君、今、何してる?」
電話の向こうのモルダーは、少し笑いをこらえているような声だった。
「愛銃の分解清掃。あなたの次に信頼してる相手よ。で、何? また新しいUFOの目撃談でも出てきたの?」
「いや、それよりもっと重要なことだ。ローン・ガンメンの奴らがさ、どうしても君の声が聞きたいって言うもんで。ほら、彼ら、君にちょっとだけ“癒し”を求めててさ」
電話の向こうから、遠くでフロヒキーの「スカリーーーーーッ!」という奇声が聞こえる。
スカリーは銃のバレルを拭く手を止めた。
「……モルダー、あんたたち、まさかチーズとビールで盛り上がってるだけじゃないでしょうね?」
「え、まさか。ちゃんと捜査の話もしてるさ。あ、バイヤーズが君に質問あるって――」
「後でまとめてメールにして。私は今、銃の心を整えてるの」
「……銃の心?」
「ええ。あなたのせいで、どうせすぐ撃つ羽目になるでしょうからね」
電話が切れたあと、スカリーは小さく笑って、オイルを染み込ませたクロスでフレームを磨き直した。
その目は、真剣で、そして少しだけ、楽しげだった。
電話が切れると、しばらくの間、誰も何も言わなかった。
バイヤーズは黙って眼鏡を押し上げ、ラングリーはチーズサンドに手を伸ばしたが、その動きもどこか遠慮がちだった。
フロヒキーは、一呼吸おいてから缶ビールを持ち上げた。
「……やっぱり、スカリーはいい女だ」
そうつぶやくと、少し泡がこぼれるのも構わずに、缶を傾けてぐいっと飲み干す。喉を鳴らす音が、妙に真剣な沈黙を破った。
「強くて、賢くて、あの声だ。ちょっとだけ冷たいとこが、逆にたまらんのよな……」
フロヒキーは缶をテーブルに置き、目を細めて言った。
「こっちがくだらない話してても、なんだかんだで最後まで付き合ってくれるだろ? ああいう人間こそ、本当のプロフェッショナルってやつだぜ」
「いや、あれはただの呆れだろ」とラングリーが突っ込むが、どこか同意の色も混じっている。
「でもな、モルダーとペアでなかったら……ひょっとして、俺にも……」
「ないない」と全員が同時に言った。
しばらくして、誰からともなく笑いがこぼれ、またくだらない陰謀論トークが再開された。
しかしフロヒキーは、チーズサンドをかじりながら、少し名残惜しそうにスカリーの名前をもう一度、低くつぶやいた。
「スカリー……いい女だよ、まったく」
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おわり